デリケートな話ですが、皆さんはトイレに行ってきちんと排尿ができていますか?
「大人に対して失礼な!」
「赤ちゃんじゃないんだから…」
そんな憤慨した気持ちになる方もいるでしょうか。
しかし、大人の排尿トラブルは年齢を重ねるにつれ、筋肉や運動機能の衰えから発生する可能性が高まってきます。あながち他人事とは言えません。
大人になってからの尿漏れってどんなケースがあるのでしょうか?
今回は尿漏れについて私の体験談を書いていきます。
尿漏れ(尿失禁とも言います)というのは、子どもの「おもらし」とは似て非なるものです。
内臓の筋肉の衰えや機能の低下などから、自分の意識とは関係なく思いもよらないタイミングで排尿が起こってしまうものを言います。
尿漏れは、その状態や原因によってきちんとした治療法があるものがほとんどです。
ここで私の体験についてお話しさせていただきます。
私は高齢者の利用する介護施設で働いています。働きはじめてもう十余年になります。
学生時代のの施設実習のときから、尿漏れがあるのは普通のこと、という認識でした。
介護施設では尿が出てしまっても吸収する紙パンツ、いわゆるリハビリパンツを利用している方や、もし尿が出てしまっても大丈夫なように尿とりパッドを使用している方がほとんどでした。
そういった環境ですから、尿が出てしまってリハビリパンツや尿取りパッドを交換する事は日常的でした。
そんな状況なので、働き始めたころは、「尿漏れ」は尿トラブルというよりは排泄の一つの方法として認識していました。
私自身が突発的な尿漏れを体験したことはないのですが、「尿取りパッドを使用して排泄してみてください」という課題は、学生の時、社会人になってからもありました。
最初は「そんなの簡単だよ」と思いました。そして、家で、また、職場のトイレで尿とりパッドを使用してみようと試みるのですが、これがまた思った以上に尿が出てこないのです。もうそこまで来ているのに出ない感覚です。
周りに誰もいないのがわかっているのに。
これは課題として出されているものなので、気にすることはないのに。
「本当にこのパッド大丈夫なのかな」
「もし誰かに見られたら、知られたら…」
「漏れた事が誰かに知られたらどうしよう」
安心してできる環境にあっても、尊厳がブレーキをかけるのです。
課題として行おうとしても、こんなに心理的負担がかかるのに、もし街中で、周囲に人がいる状態で突然に尿漏れが起きてしまったら、どんなにショックを受けるのだろう。
実際に人前でしたわけではないので体験としては浅いものかもしれませんが、とても衝撃を受けたのを今でも覚えています。
認知症状のある方であっても、そうでない方でも。
または男性であっても女性であっても、自分以外の誰かが排泄に関わることを恥ずかしい、と思うのはみんな同じです。
「いいよ、自分でできるから」
「悪いね、こんなことさせて」
排泄の介助をさせていただくにあたって、「さあ、頼むよ!」なんて堂々たる態度で臨まれる方を私は見たことがありません。
人は例外なく老い、身体の機能は徐々に低下していきます。
足がおぼつかず間に合わない。トイレへ行きたいけれど一人では立てない歩けない。
そういった理由で間に合わず、結果として尿漏れしてしまう方が多いです。
そういった方々が尿漏れで恥ずかしい思いをしないように施設には介護士がいます。
どんな方も尿漏れをしたくてしているわけではないし、出来ることなら尿漏れはしたくないのです。
「トイレに行きたいから連れて行ってくれますか?」
これを迷いなく言える人はどれだけいるでしょうか。
「トイレはどこですか?」ではなく、「連れて行ってください」
これを言うことにはとてつもない勇気が必要なのだと言えます。
私は昔、病院へ入院したことがあります。
手術をして、歩くのもおぼつかない状態です。
看護師さんは優しく「何かあれば呼んでくださいね」と言ってくれるのですが、「トイレに連れて行ってください」これだけは恥ずかしくて言い出せず、結局ひとりでがんばってトイレまで行って怒られました(笑)
そんな経験をしているものですから、トイレに行きたくてもなかなか言い出せない、そんな人の気持ちに私は寄り添えます。
現在も私は高齢者の介護をしていますが、排泄に関してはご本人の気持ちを一番に尊重するようにしています。
これは一例ではありますが、目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだなと感じることがあります。
いそいそと動いていることが多い私ですが、こちらをじっと見てくる方、ちらちらと目線を送ってくださる方がいます。
これは何か言いたくても言い出せないサインです。
もちろんすべてがトイレに関する事ではないのですが、多くはトイレの件です。
認知症状のある方であればそわそわするなど、関わっていくとサインが理解できるようになってきます。
もちろん人それぞれではありますが、落ち着かなくなる気持ちはなんとなく分かりますね。
排泄の介助をする際には、ご本人様の気持ちへ配慮して静かに声をかけるようにしています。
周りに知られるのは恥ずかしいことです。しかし、静かに声をかければ配慮してくれていると伝わるのではないでしょうか。
「もしよろしければおトイレに行ってみませんか? しばらくぶりですから」
軽々しく言うのではなく、しかし仰々しく言うでもなく、行ってみませんか? と、あくまで決定権はご利用者様にゆだねることが大事です。
もし本当にトイレであれば「ああ、じゃあ行ってみようかな」「よかったー、行きたかったの!」
とおっしゃってくださいますし、違えばそれはそれで、「いやいや、〇〇でね~」と用事を伝えてくださいます。
「出てそうな匂いがしますね、行きましょう」
「時間的に出てますから行きましょう!」
「漏れたらこまるでしょう!」
例えばこんな言葉をチョイスされたら、どんなに静かな声でも、不快極まりないですね。
ではどんな風に言葉を選べばよいのでしょう。
「先に行っておけば、ゆっくり午後の時間をすごせますよ」
「今からお昼休みですから、トイレへ寄っておけばゆっくり休めるかもしれませんよ」
「立ったついでですから、時間もたっていますしいかがですか?」
状況にもよりますが、先に済ませておけば安心、というように相手にメリットのある言い回しをすることで、ご利用者様も「じゃあ行っておこうかな。」と言いやすい気持ちになるのではないでしょうか。
誰かからトイレはどうですかと言ってくれれば、もしトイレに行きたい状況だったとすれば、それはもう救いの手が差し伸べられたような気分でしょう。
・尿漏れは年を重ねるにつれ誰にでも起こりうる。
・尿漏れは心理的なショックが大きい。
・誰もがしたくてしたくてしているわけではない、出来ることなら避けたい出来事。
・老若男女、どんな人でもトイレを人に頼むのは恥ずかしいもの。
・「トイレに連れて行って」を伝えるのはかなりの勇気がいる。
・自分の気持ちをくみ取ってくれる人がいるのは救い。
・尊厳を大事にした言葉選び、話し方が大切。
介護施設で働く私の体験談を記事にさせていただきました。
尿漏れは誰にとってもショックの大きい出来事です。出来れば起こってほしくないですよね。
年を重ねて身体がなかなか自由に動かなくなっても、尿漏れでショックを受けないような生活を送ってほしい。そんな思いをもって、私は今日も介護の仕事にあたっています。